2012年11月27日 東京散歩1

時が流れに流れ、年末の気配すら感じる今日この頃。とっても久々な日記更新となりました。
その間、個展は無事に楽しく終了し、現代童画展もつつがなく終了致しました。
来年もTENGAI GALLERYでのグループ展と個展が決まりまして、童画展の絵も描きます。もちろん仕事もがんばります!(描き倒れ)
日記に書きたい事はいっぱいあったのですが、それをすると膨大な事になるのでもういいっかって事で「これから」の事を書いていくことにします。

そんなこんなで、描きたい場所を見に行ったり、探したりする『東京散歩』を始めてみました。
第1回は今描きたい『ニコライ堂』を中心に湯島周辺をぶらり散歩。個展では浅草浅草寺、童画展では不忍池、次はニコライ堂、どうもここら辺が気になっているみたいな。

画像左から『ニコライ堂』、正式名称『東京復活大聖堂』1891(明治29)年竣工。日本正教会の聖堂で八瑞十字架、イエス・キリストとは言わずイイスス・ハリストスと言います。ジョサイア・コンドルは実施設計のみで原設計は別の人、関東大震災の焼損後は外観が一部修正されているのでどこら辺がコンドルかはよくわからないみたい。聖堂内もとっても素敵で賛美歌とかお祈りとか聞きたい。

『湯島聖堂』の「鬼龍子(きりゅうし)」、孔子さまのような高い『徳』に感じて現れる霊獣。マッちゃん(実家の犬)に似ていて非常に可愛い。鳩に乗っかられていてさらに可愛い。その他色々な霊獣がいる。潮吹くシャチホコみたいの(鬼ギン頭)や、翼の生えた寝癖の獅子みたいのや、黒い象っぽいのなど。建物は黒の漆塗りでとっても知的でクール。五代将軍徳川綱吉が建てた当初は朱塗りだったみたいです。

『神田明神』、正式名称は『神田神社』。大黒様、恵比寿様、平将門をまつる。将門は大手町の首塚で有名。平安時代、朱雀天皇に対抗して朝敵となり940年討死、京でさらし首になる。その首が東国目指して飛んだというのが首塚の始まり。神田明神を崇敬後、成田山新勝寺に参拝すると「祟られる」という噂は、朱雀天皇が平将門を調伏する儀式を行わせた事が成田山新勝寺の開山起源だかららしい。

『湯島天神』、正式名称『湯島天満宮』。ちょうど菊祭りをしていました。菊人形は平清盛が!創建は古墳時代の458年。南北朝時代の1355年(足利尊氏がいた頃)が創建という説も。どっちにしても古いんですね。湯島聖堂は孔子、湯島天神は菅原道真、きっと私の頭は良くなったに違いない。

『旧岩崎邸庭園』、言わずと知れた三菱財閥の岩崎さんち。岩崎弥太郎の子久弥がジョサイア・コンドルに依頼して建てた洋館。和館の設計は大河喜十郎。1896(明治29)年竣工。和館の障壁画は橋本雅邦だとか。今は一部工事中なので下見気分で行きましたが、床も窓も壁も模様も取っ手も鍵穴も全部カワイイ!コンパクトな洋館にぎゅぎゅっと素敵が詰まっている。きっと何度も行くだろう。

そうして、東大赤門→正門→根津神社へ。真っ暗。夕方だというのに深夜と見まごう闇があった!根津神社の創建は1900年前らしいが、今の社殿は綱吉が建てたもの。重要文化財がいっぱいです。真っ暗の中、肝試しのごとく稲荷神社で遊んで帰って来ました。
今回は旅の道連れに妹と姪っ子ちゃんが。わいわいきゃーきゃー、きっとどうでもいいトコでも感動する3人でした。結構迷ったけど、これを続けたら方向音痴も直るかも?(歴史音痴も…)

楽しかったから絵を描くのもとっても楽しくなりそうです!
日記更新も、その他の更新ももう少し頑張らねば。最近はぶつぶつ呟いちゃうのでそれで満足している気もする。。。